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凹大王のちょいヲタ学生による日常語りの場所です。
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  • 11/21/08:02

02.16.04:03

長い言い訳。

一人称を、語る。


ぼくのことは気にしなくていいから。
傷付けてくれて構わないから。
君がそうしたいと云うならぼくもそうしたい。
ぼくは君を満たすためだけに在りたい。
何も云わず此処に居るから、どうかぼくで君を満たしてくれませんか。
出来れば、ぼくだけで満たしてくれませんか。



何時からだろう、私が一人称を私にしたのは。
昔はぼくで、その次で、一番長い期間だったのはおれで、その後は冗談で色々転々としてた。
今でも一番言い易いのはおれだったりする。
間抜けっぽいので云わないけど。 そんなこと云いつつ、間抜けなことに変わりはないのですが。 ええ。
ところでそうであるのに理由が二つある。
一つ目に、ごく簡単なことだが、私は出来れば男の子に成りたかった。 いろいろなことから開放されたかった。 許されたかった。 縛られることなく生きたかった。 まぁ、そんな逃げの精神からである。
だが二つ目はちょっと色彩が違い、またより強いものである。
一言で言えば「おれ」に成りたかった。 何となくであるが、おれを自称する間、自分はより自分と近かった気がする。 私という自己を表しながらも公式的なものではなく、そのまんまの個を表現する色を「おれ」という表現は持っていた気がする。 自分の名前を言って一人称にするのよりよほど確立されている気がする。 自分の名前を一人称とすることは人から見た自分を自分自身で被るという感じがする。
基本的に主観でモノを言っているのですが、どうしてもそんな気がする。 
だから私は、自己を確立するためにおれで在りたいと思った。 そのためにかつて私は、女でありながら名乗る際して違和感を消すために、男という性別により近づこうと考えた。 この時点でこれはある種無理やりの自己改革であり自分を抑圧しているとは気付かずに、であった。
そんな訳で私は、おれであるために
体つきをよりメンズに近づけようと努力した。 今でも癖でそうしてしまっていたりするのだが、まぁそれは置いといて。
そんな訳で、私は胸を削った。
故意に育てなかったのだ!
これ(貧)は後天的であって、先天的ではない。 断じてない。
だからきっとこれから、何もしなければ育つのだ!
きっとそうなのだ!


(´・ω・`)
だから別に落ち込んでないし。
落ち込んでないし。。
落ち込んでないもん。。。


K坂のばかやろう。。
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